#04 宮永和夫氏「医師によって傷つけられている若年認知症の人たちが多くいます。」

20年以上も前から若年認知症に取り組んできた宮永和夫氏は、若年認知症の人には医療と共に生活の支援が求められていると訴える。 18歳から64歳までに発症する若年認知症の発病年齢は平均で約51歳といわれる。老年期認知症と違い、失職などによる経済的な困難や治療・介護期間の長期化による介護者の疲弊、社会の差別や誤解など、若年認知症特有の困難が伴う。 若年認知症医療の先駆的第一人者である宮永和夫氏に、若年認知症の医療と課題について問題提起をしていただいた。 (『ドクタージャーナル Vol.16』より 取材・構成:絹川康夫, 写真:安田知樹, デザイン:坂本諒)

認知症の治療で大切なことは患者さんを最後まで診ることです

認知症治療では、患者さんの最初を診たら最後も診ることが大切なのです。

しかし、自分が診断した認知症の患者さんの最後を知らない医師が多い。最後を知らないから自分が付けた診断が正しかったのかどうかも判らない。ガイドラインを基に最初の診断を行ったとしても、その後の経緯をきちんと見ていればいろいろな変化に気付くはずです。

実は複数の認知症が合併していることが多い。アルツハイマー型と脳血管性型の合併型もあれば、レビー小体病とアルツハイマー病が合併していることもあります。稀に脳血管性型に前頭側頭型が合併していることもあります。これらは途中の経過をきちんと見なければ判らない。

最初の症状だけを診て診断を確定することは非常に危険をはらんでいます。しかも認知症と診断をつけた患者さんがその後どう変容していくのかは医師にも判りません。だから患者さんの最後までを診ないと、実際の経験も知識もフィードバックされないのです。結果として誤診も多くなってしまう。

勿論、実際に患者さんを最後まで診ている認知症の専門医も多くおられます。しかし、医師にとって一人の患者さんに最初から最後まで関わることは決して易しいことではありません。それは今の制度上の問題、例えば患者を一人でも多く診ないと医療経営が成り立たないとか、一人の医師のキャパシティーの点とかを考えると、特に開業医にとっては大変なことです。そんな中で、心ある医師は大変なご苦労をされていると思います。

ですから私は、認知症医療は医師だけでなくて、他の医療関係者、本人、家族も含めた分業だと考えています。ゆきぐに大和病院ではそのようして、認知症の患者さんに最初から最後まで寄り添う医療を行っています。

今後考えるべき有効な取り組みとは

従来の認知症専門医といった学会での資格取得だけではなく、医学部における認知症専門科の設置による専門教育が望まれます。そこでは、精神と身体の両者を診ることができる医師や、認知症のターミナル期を診ることができる医師を育成すべきです。

現状のままでは、認知症の専門医といいながらも安易に薬を出す医師が増えかねません。

認知症は、頭の中だけの病気ではありません。結果的に身体の各部にいろいろな症状が出てくる全身の病気です。合併症もあります。でもそこまで見ていない医師が多い。見ても原因に目を向けずに薬で抑えようとする医師も多い。

― 医療側から見た若年認知症治療の課題とは何でしょうか ―

特に若年認知症では介護保険制度が使いづらく、生活支援の手段が少ない点です。

40歳以上であれば、「老化に伴って発症した」認知症は介護保険の給付対象になりますが、交通事故などによる頭部外傷による後遺症や、アルコール脳症などからなる認知症は「老化に伴っていない」ため適用外となってしまいます。

介護保険制度は、基本的には高齢者の方に必要な介護サービスを提供する制度であることから、若年認知症の人に対しては、入所・通所施設での対応が難しい場合もあります。

現状では、障害者向けの施設で若年認知症の人を受け入れているケースも少ないです。障害者総合支援法による障害福祉サービで対応することもあります。しかし申請に制限があったりして必ずしも使い勝手の良い十分な制度とは言えません。

医師の社会保障制度の理解不足で利用推進が十分に行われていないという課題もあります。特に若年認知症では経済的生活支援は非常に重要ですから、これも医師の重要な役割といえるのではないでしょうか。

医師によって傷つけられている人たち

また、誤解を恐れずに言えば、今の認知症診療の現場では、最初にどの医師と出会い、どのような診断を下されるかでその人の人生が大きく変わってしまう。

認知症をあまり解っていない医師によって認知症の診療が行われていることが多いと感じます。本人や家族の悩みや苦しみに寄り添わない。聞こうとしない。最後まで診てくれない。誤診されているのではないか。そんな不満や辛さを抱えて、家族会に来られる方もおられます。医師はそんな家族の話に素直に耳を傾けるべきでしょう。家族の方は真剣だから、我々医師に多くのことを教えてくれます。

以前に、私のところに泣きながら電話をしてきた娘さんがいました。新聞に出た私の前頭側頭型認知症のチェックリストを見て、それまでうつ病と診断されていた父親をチェックしたら、どうも当てはまりそうだと。そこで担当の医師に相談し、医師がしぶしぶ脳の画像を撮ったら萎縮が見つかったそうです。

そうしたらその医師から「私はうつ病が専門なので認知症の専門医に紹介する。」と言われたそうです。それまで4年位うつ病の治療をされ続けていたのです。

この話はおかしいでしょう。うつ病が専門なら、なぜ4年も違うことに気が付かなかったのか。薬の反応とか治療の経緯をしっかりと見ていれば、おそらく分かったはずです。同じような話は他にもあります。

― 宮永先生が診断・治療において特に重要視されていることは何ですか ―

正確な診断もさることながら、本人の今後の日常生活の指導です。

治療の順序としては、まずは本人の環境調整があり、次に日常生活・社会生活の支援、非薬物療法、薬物療法となります。すぐに薬物療法ということではありません。

加えて医師の役割、本人の役割と努力、家族の役割と各々の役割分担を決めます。告知・説明の順序も、まずは本人に対しての、本人が理解できる範囲の説明、次に家族への説明となります。

ここで重要なことは、本人の希望を聞くこと、本人の希望を推し量ること、本人の希望を叶える努力をするように努めることです。

私は、こちらもこれだけ努力するから、ご本人や家族もこれだけ頑張ってほしいと率直に言います。相手も理解・納得してくれます。これは若年認知症の人だから可能なのです。若年認知症の治療とは、医療側と本人・家族の役割分担による共同戦線で共に前進してゆくようなものです。

この記事の著者/編集者

宮永和夫 南魚沼市病院事業管理者

神経内科、精神科医。南魚沼市病院事業管理者。精神保健指定医、精神保健判定医、日本老年精神医学会専門医。1951年茨城県生まれ。群馬大学医学部卒業。国立群馬大学医学部精神科在籍時より認知症や高次脳機能障害などの器質精神障害の臨床に関わる。現在 NPO法人若年認知症サポートセンター理事長、全国若年認知症家族会・支援者連絡協議会会長。早くから全国の若年認知症家族会の設立に携わる。地域及び全国での講演会・研修会の活動や認知症に関する著書多数あり。

この連載について

若年認知症の最大の課題とは

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